2013年6月17日月曜日

わたしの「からし種」②

しかし、その答えは、意外にあっさりといただけたのでした。


当時、私は「テーマを決めて、聖書を調べる」ということをした事がありませんでした。ですから、単純に聖書を「前から順に読む」という通読をしながら、イエスに尋ねました。

「イエス様〜、私は父なる神様とイエス様の関係とか違いとか、実は良く分かりません〜。イエス様はそのこと知ってらしたんでしょう?今までは分かったフリをしていましたね。ごめんなさい〜。分かりたいので教えてください〜。」

そんな、祈り心をもちながら、聖書のみことばから語られるのを待っていました。
尋ね続けて、答えられるまで気長に待っていた方がいいナって、なんとなく思っていました。そして同時に、必ず理解するようになるだろう…、とも静かに確信していました。

朝は、「今日は教えて頂けるかなー。」と期待して起き、同時に「ダメかなー。」とも思っていました。
駅まで歩きながら、仕事しながら、ご飯食べながら、お風呂はいりながら「父なる神様と、イエスさまの違いは〜〜〜」…と、意識している限り、覚えてる聖書箇所を思いめぐらしていました。(力んではいませんでしたよ。結構リラックスして、フワ〜っと思いめぐらしながら、語られるのに耳を澄ましているようでした。今思うと。)
そして、聖書を開き、語られるのを待ちつつ、読み進めていました。


そんな事を3日ほど、続けていた、ある晩のことです。

お布団で、聖書を読んでいましたが、もう23:30。あ〜今日もダメだったかと思い、
「イエス様〜、もう眠たいので寝ますね。また明日、教えてくださいね。おやすみなさ〜い。」
そう、心の中で祈って、電気のひもに手を伸ばして立ち上がった時です。

『ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。』

とハッキリ語られたのです。
ん〜〜〜それは、聴いたというか、感じたというか、見えたというか、それは分かりません。でもいきなり、そのことばが私のうちに?頭に?意識に?知性に?よく分かりませんが出現したんです。

「えー!!ことば?イエス様はことばなのですか?」

それは、ヨハネの福音書1章だったじゃないですか!?

急いで、聖書をめくりました。

〜つづく〜

0 件のコメント:

コメントを投稿