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2014年3月31日月曜日

聞くに深く、語るに遅く…

一つの事柄でも、10人の人がいれば、10通りの見方や受け取り方があるみたい。

ある事を、
 楽しいことと取る人
 責任を感じる人
 人にも教えたいと思う人
 誰にも言っちゃいけないと思う人
 問題と感じる人
 嘘だと思う人
 知ってしまったことにプレッシャーに感じる人
 忘れちゃう人
 前代未聞と受け取る人
 よくある話と思う人 などなど~。

だから、できるだけ、色んな人の意見や、印象や見方を聞きたいと思う。

自分の見てることや感じてること、思ったことは、自分目線の一方向からの認識にすぎないと分かって来たのは、30代を過ぎてからかな。

20代の頃は、自分の見方がおおよそ正しいと思っていた。
「あれって、こういうことだよね。」「あの人、こう思ってるよね。絶対!」
女子には、こういった会話が多いのではないかと思うのですが、どうでしょう?

でもその見立ては、意外に外れていることが多い…。
けど、自分は当たっていると思い続けているってことないでしょうか。

なぜって?
ふふふ。答えは簡単。「確認」しないからですよね。

実際、本人に確認もしないのに、調べもしないのに ”事実” を知っている気になっている。

これがね、「外れてた!」と知るときの、あの無様さったら、たまりません。
私は二度と、あの無様さを経験したくないです(ブルブル)

だから、仮説はたてますが、できるだけ事実の確認ができるよう、情報を集めるようにしています。
そして、複数の意見を聞きたいと願っています。

特に、自分と違う意見を聞くのは面白いです。
でも、どうやら私たち日本人の多くは、「違う意見」を受け入れるのが難しいみたい。

なんか、個人の「人格」を否定されたように感じてしまうのかな?
自分も、そんな心が萎縮するような感じがするときがあるので、分からなくないです。

日本では、「議論をする」という訓練がされていないせいではないかと思います。
「それは、なぜですか?」という一言で、恐れて萎縮してしまう人もいる。
話の聞き方、引出し方を工夫してあげる必要があるみたいです。

あと、自分と同じ意見でないと、すぐに「反対」意見。
大げさに言うと「敵」ってことになっちゃう傾向があるようにも思います。
これでは、人々の多様性から良いものを引き出すことはできません。

意見交換や議論の目的が何であるのか、分からなくなります。
人がコミュニティでいることの利点は、多数の目線から、いま出来る限りの「正解」に、「真理」に共に迫って行けることではないでしょうか。

多数の目線から、出来る限りの「客観的な事実」を得て、「真理」に迫る。
これが、健全な議論の目的なのだと私は思います。

各々の意見なんて、ただの情報にすぎないと思うのですがどうでしょう?
各々の持っている ” 意見、提案、事実認識 などなど = 情報 ” を交換しあって、お互いに視野を広げることが、健全な意見交換、議論の場だと思います。

家庭でも、友人とでも、会社でも、いろんなコミュニティでも。
それが、聖書のみことばの溢れる知恵によるものであったら、本当に最高です。

異なる意見、大歓迎!
聞かせてほしい。どうして、そう考えるのか。
あなたの見てることを私も見てみたい。

それは、「相手のことを理解する」ことでもあります。
たしかに、これはとても難しいことですワ。
でもこれこそ、人間関係を育むために、一番大切なことのように思うのです。

聞くに深く、語るに遅く…。
今、心がけている楽しみの一つです。


えっ?できてるかって(汗)?
いや〜、日々、再トライの繰り返しですぅ〜〜!!!



2014年3月21日金曜日

静かなのが好き

今日は、お家に一人でお留守番の日です。
いつもはにぎやかな我が家ですが、たまに一人で過ごす日も、それはそれで楽しい。

なぜって…、テレビを付けなくていいから。と〜っても静かなんだも〜〜ん。

うちの家族は、昔っからテレビっ子。
両親も、私たちが大人になってからは、何故かテレビっ子になってしまった。

そういえば、「テレビばっかり見てんじゃないの!」ってしつけられましたけどね。
期間限定だったのかしら???


はあ〜〜〜♫ とっても静か…(うっとり)

私は、一人でいる時は、ほとんどテレビを付けません。
車に乗っているときも、基本的にラジオや音楽は付けない方です。
無音で運転…。

あ、先日、友人を乗せて運転したときも、そういえば無音だったっけ…。
まあ、ずっとおしゃべりしてたから 良しとしよう〜:)

静寂に浸る…。無音のなかで、その静けさを聞いているような感じでしょうか。
静寂の中にいた方が、元気になれます。

早朝に目が覚めたとき、静寂に安息したくて、そのままお布団に座って目を閉じます。
耳を澄まして、思いのほか朝から元気な鳥たちの声や、かすかに感じる風の音を聞いていたりします。
多くの人々に知られることのない早朝。
そんな世界にも、確かにある豊かな営みに、自分も参加しているような気分になる。

逆に、そういった静かな時をもつことなく数日を過ごすことがあると、なんだか思考の中がざわざわするようで、モノがクリアに考えられなくなることに気付きます。

そんなときは、早めのお風呂にゆっくりつかり、そのままお部屋に引っ込んで、一息…。
温かいモノでも飲みながら、聖書を読んだり、御言葉やその情景を思いめぐらしていたりましす。

私の至福のひとときです。

詩篇 77篇 12節  
私は、あなたのなさったすべてのことに 思いを巡らし、あなたのみわざを、静かに考えよう。 



2014年3月16日日曜日

すでに、全ては備えられてた。

始めに虚無感に苛まれ始めてから、10年がたって、色んな道を通って今に至ってる。
なかなか感慨深い。
また、ルポの方で順に整理していこうと思っているけど、今思うことがありますよ。

「全ては良かった」って、神様が宣言したのは、7日間で世界を創造されたときでしたよね。
創世記1~2章に、私たち人間が生まれる前、始めの人”アダム”が生まれる前に、神様は私たちに必要な物を全~部!を用意されていた事が書いてあります。

私たちが胸の奥底から深~く安堵、安息して、井戸の水が溢れるように喜びが溢れ出て、すべてが最適にある場所。
人々と共に、いのちに豊かに溢れて生きる事の出来る神の園。
神のエデン(歓喜)の庭の中です!

でもね、アダムたちは蛇の言葉に乗っちゃった。
「神様はあんたらに隠してる事あるよ。この実を食べてみな。目が開かれて、いろいろ分かるようになるよ。まだまだ不足があるんだ。それを知りたくはないかい…?」
って、ことですよね。蛇が誘惑した内容ってさ。

それでアダムたちは、神様が食べたら死ぬって忠告してくれてた善悪の知識の実から食べてしまう。
そしてその結果、彼らは神様の忠告の通~りに、死に至るようになった。

彼らは、全てが完全だった神の大庭の外へ出なければならなくなりました。
神から引き離された者は、神の園にいられないんです。
彼らは損なわれた世界で生きることになってしまったんです。これが、今の私たちの世界。

「死」ってね、神から引き離されている結果です。
すべての供給が閉ざされて、自力で生きなくてはならない世界です。
私たち人間に、必ず「死」があり、「労苦」があるのは、神から離れてしまってるからなんですよ。

アダムたちと、その子孫が生きて行かなくてはならない場所は「死」に支配される世界。
何を成し遂げでも遂げなくても、どんだけいい人でも悪い人でも、最後は「死」によって、全ては無に帰しますね。
そんで諦めきれない人は、銅像をつくったり、作品などを残そうと色々考える訳ですが、ご本人は例外なく「死」まっしぐら~。
「死」に完全に閉じ込められちゃいます。だれか逃れた人いますかね?いませんね。さすがに。

二人は、もう号泣しながら出て行った事でしょうねぇ。
神様も、身悶えするような断腸の思いだったじゃないですか。
本当に辛かったんじゃないかと思うんです。


でもね。イエス様はついて行った。
彼らを追って。一人、彼らを追いかけていった。

エデン(歓喜)の園から、一つの川が出ていて、それが世界に流れ出る4つの大きな水の源でした。(創2:10)
これが、いのちの水。私たちの唯一の希望。メシア(救い主)です。

人はついに、とげのある柴に引っかかって、身動きとれない羊のようになった。
羊は、自分で自分の事が分からない動物なんす。
メ~メ~もがけばもがくほど、柴が絡まって、身動きとれなくなっちゃうのだ。
自分じゃ、自分を助けられない、気の毒な生き物。「羊さん」。
それ、私だったですわ。

そこへ、メシアが助けにきてくれました。


コレに絡まってた。自力じゃ出れんて。

私たちを追っかけて、ついて来たメシア(救い主)は、地上での歩みの最後に十字架の上で「完了した」という宣言をされました。福音書にありますね。(ヨハネ19:28-29)
始めであり、終わりであるお方が、「完了した」永遠に渡ってなされた宣言です。(黙21:6)

「完了した」ってね、どういうことだと思います?

「完了した」は、7日目に神様が創造の業を完了したのと同じですよ。
エデンの園から出ちゃった私たちの購い、神の意図された聖い者に完全回復させるために必要な手続きが、全て終わった。完全に完了!したってことです。
「あなたたち、神の子に戻っているよ!」ってこと。ふふふ。それ信じます?

じゃね、私たちは「今」どこにいるんでしょうね?
自分はどこにいるって、自覚していますか?

私は、驚いたんですけどね。
私は今、「神の庭」にいます。「神の大庭」の中ですよ!
「エデンの園」神の歓喜(エデン)の庭の中にいるんです!

マ・ジ・か~~~!!いつの間に…?
って、メシアが「完了した」って言ったその時からです。知らんかったケド!

世界は、死に支配された世界です。私の身体は、人生は、この死の世界にあります。
あの古い蛇は、この世界を壊そうと色々画策していますね。
最近のニュースみてると、ホントそう思う。

でもね。勝手にやってて。ははは!スゴイことよ。
私がいるのは、神の庭。神の懐の中にいるんです。

まだね、見えてないことも沢山~~ん、ありますサ。
でもね、パズルのピースを一つづつ発見しては、はめていっているみたいです。

聖書の言葉が分かるたびに、少しずつ絵が出来て行きますよ。
神の御顔が見えるようになってきました。
御顔が見えるようになるにつれて、自分自身がどんどん自由になっていきます。

私はすでにね、「神の意図された姿に回復されているぅ!?」って分かったのも大発見でした。
まあ、30数年…。損なわれた人として生きて来たから、いらん記憶が邪魔をしたりすることもありますけどね。
回復された人として生きることの楽しいレッスンの日々です。

今までは、まだ「ない」。まだ「だめ人」って思ってたもんだから、何とかしようと足掻いて、変なものを掴んだりしてたみたい。
でも、もうすでに「あった」んです。すでに「神の完全な新しい人」だったから、もう足掻く必要なかった~。
んん…?だれかが、だれかに騙されたときと、似てるような…???

今はね、静か~に、注意深~く、神のことばに照らして見分けながら、神の用意してくださってるものを受け取って行く毎日です。
それは、私が望んでいたモノよりも、ず~~~っと良いモノなので驚いています。

福音てね、コレだったんじゃないかと思うんですよね。
「神の園に戻っているよ!」「神の意図された姿になっているよ!」
コレだったんじゃないかいな。


御言葉を探求して生きる日々は、主と親しくなっていく日々です。

詩篇 84篇 2節
私のたましいは、主の大庭を恋い慕って 絶え入るばかりです。 私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。






2014年2月26日水曜日

主の牧場の心地良さを学ぶ

だいぶ、温かくなってきました。
梅も、つぼみがふっくら膨らんで、早いものはもう綺麗に咲いています(^0^)


ソシンロウバイ ですって

早いもので、もう2月も終わりです。
平凡も沢山、遊びも沢山、事件も沢山、新しい出会いもありで、めまぐるしい!
でも、とても楽しい日々です。
どれだけ平凡でも、与えられた日々を充実して生きる事ができるのは幸いなことですね。

私は9年間、生活も娯楽も仕事も悩みもキリスト教会のコミュニティ中心だったので、去年の11月にそこを離れることに決めた時は、正直、心細く思いました。
「教会を第一に」ってことが、聖書の約束の内にとどまる条件のような思想が頭に浸透していたので、なんだか身元保証がなくなるような、保護が無くなるような心もとなさや怖さを感じていたのですよ。

でも4ヶ月近くが経ち、それは不要な心配だったと安堵しています。
それもそのはず、私の身元保証も保護も主ご自身だったのですよ(-_^)b

主が、第一にするように求めているのは、「”キリスト教会”」ではなく、「家族と生活」。
救いも家族単位です(使途16:31)

私の軸足が、御言葉のとおり「家族」の中心に置かれるようになってから、家族の中での私の地位が著しく向上してしまい、自分でも驚いています。
確かに自分自身、以前と違って、家の中で落ち着きがあります。
家族や親族の中にある課題への対応も、まとめ役としての働きを担う事になってきました。

それは、家族と過ごす時間が多くなったからとか、キリスト教でよく言う「神様より家族を選んだ」ということではないのですよ。

家族の中で、神のことばが事実、生きた知恵であることが証明されているからです!

この1月から、ある課題への対応の舵取り役をしています。
今回の課題は、親族15名ほどを巻込む、ちょっとした お・お・ご・と(^^;)

舵取り役として、皆が感情的にならないよう、また健全な解決への進めるよう、生きた知恵が必要です。
でもその知恵は、結局 全て聖書の言葉からもたらされました。
私たち家族は、聖書の正しい価値観が、課題の前向きな解決と渦中にいる人を自由にするという結果を目撃しました!

聖書の言葉は、ただの文字ではないです。
聖書の言葉は、生きた神の息吹。
聖書の言葉は、神の知恵、知恵の中の知恵。KING OF 知恵!!!

真理が人々を自由にするという事実を家族の中で見ることになろうとは。
今ひと月が経って対応に一段落つき、静観していますが、心中とても驚いています。

また、分かったことがあります。
家族の中で、自分の存在と必要性が明確になってくるというのは、人間にとって、また人生において、とても重要なことのようです。
それは、人の生きている理由に励ましを与えてくれるものです。
それを思うとき、私は自分の本当の居場所、主の牧場で憩う心地良さを味わっているかのようです。

この日常の中で、神のことば、神の教えが真実だと知るとき、私は主の御顔を垣間見ているのではないでしょうか???
どうも、そうとしか思えないんですよね…。

私の、主を知る探求の日々は、まだまだ続きます〜。


2014年2月14日金曜日

雪景色〜!


朝、起きて窓の外を見ると、一面の雪景色!
ここは、どちらかというと温かい地方なので、こんなに雪が降ることも、つもることも珍しい出来事です(^^)

電車は動いていますが、駅までの移動が危険なので、自宅で様子を見ています。






ソチオリンピックでは、羽生結弦選手が、国際大会のSPでは史上初の100点越えっていう高得点でSP1位!すごいゾ~!
そして、高橋大輔は4位、町田樹は11位。
これからのフリープログラムがとても楽しみですね。





はじめ、羽生選手が登場し始めたときには、肩にリボンのオトメン(乙女+Man)ぶりに、「なんじゃこやつは~!」とか思ってたポピーです(^^;)
でも、うちに秘めた闘志は、なかなかの男前!

先日、羽生選手の特集が放送されていましたが、彼はプログラムの構成をノートに書き出し、注意するところや、意識するところを細かく記入して確認をしているそうです。
始めから終わりまで、まさにその隅々までを把握して、自分自身のものにしようとしていました。

こういった積み重ねが、あの安定した演技になっているのでしょうね。
たいした19歳です。感心感心~~(^0^*)!

ポピーは、日々の営みのなかで、「努力」というものはいのちの一部なのだと思っています。
あれこれ苦しい思いをするという「苦労」じゃないですよ〜どよよ〜ん(-”-)
「努力」 心を込めて事にあたること。(骨をおって)事の実行につとめること。つとめ励むこと。の方です(^0^)

以前は、”「努力」自体も人の手の業なのかな?” と宗教的に考えていたので、何に取り組むでもグッと打ち込む事ができず、もの凄くフラストレーションを感じてたんですよね(-_-;) なにやってたんだか

私たちの「救い」自体は、神様の一方的な御業!
そして、一人一人の人生の営みは、その完成され回復された主の懐のうちで「喜び」「楽しん」で人々と共に生きる事!
その中には、与えられたものを用いて健全な努力をすることも含んでいるのだと思っています。

なぜって、何かにチャレンジするとき、または何か問題が起きたとき、これを主と共に、主の知恵によって乗り越えよう!と前を向いて行動しているとき、どうでしょう?

私はそこに、喜びがあるのを経験してしまうんですよネ(^^)


2014年2月8日土曜日

地元のマラソン大会 完走〜♫




♫ 閑話休題 ♫

先日、地元で開催された人生初☆のマラソン大会に参加しました!

今回は初めてですので、まずは「8kmコース」にエントリー!
「8kmを1時間で走れる方」とありましたので、事前に当日のコースを走ってみると、55分かかりました。ギリギリです(^^;)

でもまあ、一応1時間内ですし、きっかりで打ち切るほどご無体なことはないでしょう!
はりきって、参加してきました。

受付に行ってみて、ビックリ!すごい人です。
いやいや、我が地元「○○町」には、こんなにマラソンする人がいるのかと驚きました。

何か、郷土愛まで感じちゃったりして♡
初対面でも打ち解けやすくて、スタートまでの時間待ちのあいだ、情報交換したり、和気あいあいとおしゃべりしてるんですよね。
こういうの、ポピー大好き(^^)!

当日は、そこまで寒くなく、ちょっと曇りで、ランニング日和!
風は結構、ビュ~ビュ~吹いてましたが、走ってるときには、これが意外に気持ちよかったです。

私のエントリーした8kmコースのエントリーは老若男女850人。結構な人数です。
自信のある人は、前の方に。まずは完走目指す人は、後の方に並びます。
並んでから10分は待つので、筋肉が冷えないよう、ずっと動かしたり、エクササイズしたりして待ちます。

そして、一斉にスタートぉ!
どお見ても、途中で行き倒れになりそうなご年配のおじいさんやおばあさんにも、スイスイ抜かれて行く私…(^^;) みなさん、日々どんなトレーニングをしてらっしゃるのかしらん??

家の家族は、こんなプラカードで応援です。
ありがとよー!



疾走感あるぅ〜!


甥っ子が書いた私の似顔絵。目がでかい☆


走っている時は、沿道から色んな方が声援を送ってくれていました。

老人ホームでは、車いすに座ったご年配の方々が、笑顔でエール!
町のゆるキャラ君たちも、いろんな所に先回りして励ましてくれます。
思った以上に嬉しいもんです(^^)

でも、ちょっと応援の仕方のお願いが~。
「大変だけど、がんばって~!」「これから、上り坂だけど、がんばって~!」
「えらいね~。がんばれ~!」

これ、ちょっと重いんスよね。
たぶん、自分はマラソンは大変そ~って思ってるので、こうなっちゃうんでしょう。
まあ、分からないでもないですが(^^;)

ランナーは、好きで走ってます。めちゃ楽しみにして走ってますよ!
ランナーズハイなんて来たら、とっても気持ちよいし、病み付きなんです。
上り坂でも、それが好きな人もいるんです。私も上り坂スキ~♫

ポピーとしては、こういうのが嬉しかったな♫
「いい調子ですよ~!」
「マイペースで~、マイペースで行きましょう!」
「ファイト~!」
「もうすぐゴールだよ~!」
「あと一息~!」


あと太鼓とかで、「ドン・ドン・ドン!ドン・ドン・ドン!」
これも、ペース持ってかれるぅ~!
リズムは、「ドコドコドンドン!ドンドコドンドン!」と、細かくバラバラな方がありがたいっす。
どうも影響されちゃって、足運びや呼吸が乱れちゃうんですよね。
まあ、私がまだ慣れないってのも、ありますけどね。

抜きつ、抜かれつしながら、ついにゴールに向かって直線道路にきたら、残りのスタミナを全て投入して、全力疾走~~~!!!
白いパーカーの女性とデッドヒートを繰り広げ、なんとか逃げ切りでゴールイン!!!



最後のスパートじゃ〜!

ゴールしてすぐ記録証が貰えます。ハイテクゥ!

今回は、事前Runより5分短縮して、49分で39位!

私の父がたの従兄弟のトコの子は、中学生の部で1位と、入賞がでています。
長距離が得意な家系なんですよね。
私も、次回は30分台で20位以内を目指そうと思います!


15年目ですが、近年、本当に参加者が増えたそうです。
ランニングブームですよね。でも私も走るようになって、納得しています。

とても、気持ちがよく身体的にも精神的にも、とても良い影響があります。
日々にメリハリがでるのです。気分も頭もすっきりしてきます。
習慣になってくると、走りたくて、ウズウズするほどです。
ホントに、気持ちが良いのです。

私のランニングに甥っ子(4歳)がついてきますが、最近はパパをせかして走りに行ってるようです。来年は、「一人で出る!」と言っています(かわいい♡)

妹たちも、0歳児の手が離れたら、走ると言い出しています。
ファミリーマラソンの部もあるので、それに出るとのこと(^^)

母は、マネージャーとして自転車でタイムをはかり、父はカメラマンとして会場で撮影してくれます。
家族で取り組めることができたことは、予期せぬ収穫でした。
なぜか、ホノルルまで妄想が広がってます(笑)

また秋に隣町のマラソン大会があります。
タイム更新を目指して、楽しみながらトレーニングをしています(^▽^)/


□ 追記
ちなみに、走った後は、すぐに汗を拭いて、着替えましょう!
放っておくと、体調によっては低体温になって、頭痛とかきちゃんです。
私が、それになっちゃった~(*▽*)!
身体を暖めて、2時間寝たらなおったけど。

楽しむためには、走った後まで、しっかりケアしすることが大切ですね(^^)

Shabbat Shalom!新年 初更新〜


今日は、朝から雪景色。雨まじりの雪が、ずっと降っています。
こんな日は、ゆったりと自宅で読書でのしながら過ごすのが私は好きです(^^)

Shabbat Shalom

今日は、神様が私たちに備えてくださった、シャバット(安息日)ですね。

シャバットの意味をご存知ですか?私は、長らく知らなかったのですが~(^^;)

シャバットは「中断」「休止」「身を横たえて休ませる」という意味なんです。
人間が、すべての手の業、自分で自分を救おうとする手の業や努力など、一切のことを「中断」するように求められている日です。

何のためにでしょう?

それは、神様の創造の業が、7日間ですでに「完成」されている事を思い起こすため。
そして、アダム以降、神の園(エデンの園。歓喜の園)から追放され、神から離れて本来の姿を損なって生きてきた人生から、メシアによって神の園に戻り、今まさに神の歓喜の中で生きて ”いる” 事を思い出して、家族とともに喜びあい、また互いに愛し合い、修復し合うためです。

それが、神様ご自身が直接定めてくださった、7日に一度のShabbatです。

そうやって、7日ごとに私たちは、神の中で、一体となって生きている事を五感を通じて経験的に理解していくそうです。素晴らしい、神様のご配慮です。

今日からソチ・オリンピックが始まりましたね。
朝から、家族は開会式の様子を眺めていますよ。

でも、ポピーは、自室で静かに過ごしています。今日から、待ちに待った4連休です♫
この1月は、とても忙しかったです。ようやっと一息つけたように思います。

ま、「遊び」も忙しく、「家族の中での役割」にも忙しくなので、とても充実していたのですから、私に取って、本当に満足な一ヶ月でした。

それにしても、自分の手の業の一切を完全に中断するって、本当に解放感です。
身体も思考も休息して、健全さを取り戻していくのが分かります。

そうやって、また主とともに、人生の日々を豊かに歩んで行く事ができるなんて、神の私たちへの配慮や思いやりは、なんて温かいのだろうと感動しています。


いろいろと整理した事もありました。
せっかくの休日ですから、いくつか更新していこうと思います。

お付き合いいただけましたら、幸いです(^^)




2013年12月23日月曜日

喪中の家で永遠を思う


伝道者の書 7:1〜4
 
良い名声は良い香油にまさり、死の日は生まれる日にまさる。 
祝宴の家に行くよりは、喪中の家に行くほうがよい。そこには、すべての人の終わりがあり、生きている者がそれを心に留めるようになるからだ。 
悲しみは笑いにまさる。顔の曇りによって心は良くなる。 
知恵ある者の心は喪中の家に向き、愚かな者の心は楽しみの家に向く。


先日、父の兄である叔父が白血病で亡くなりました。
私は、長女であるので、この土日は納棺から、初七日まで全てに参加しました。

叔父は、生前私たちの町会議員を勤めたり、福祉活動に協力したり、地域にとても貢献した人でした。それで、今回の通夜や告別式には、今まで見た事のないほどの沢山の人々が来てくださって、正直、驚きました。

私は叔父について、中学校くらいの時期の記憶しかなかったです。
車で5分の近所に住んでいながら、…いや、むしろ近所だからか、叔父が地域において、どんな貢献をしているか、また苦労をしてるかも、全然知りませんでした。

また、お手伝いの青年が50人以上集まっていて、手際よく準備をしています。
「消防団とか青年団とかの方かな〜?」
と、思っていたら、それは叔父の子供たちである、私の従兄弟たちの高校の友人たちだそうです。新聞で見て、自発的に集まっているのだそうです。それが普通なのだとか。

私なら、そんなふうに友人たちがお互い自発的に集まるなんて事はありえません…。
ずっと地元で生活し、その地域の活動に協力して、少しずつ絆が育まれていたからこそなのだろう…と、親族たちが話していました。

今まで「”教会”中心」なんて”宗教”してきたこと、疑問に思って長らく悩んだ期間…、本当に時間を無駄にしてしまったことを悔やみます。

聖書の言う、神の単位は「家族」単位。「家族中心」です。
もっと早くに親族や地域に目を向けて、交流をもつ必要があったと思いつつ、今からは、家族、親族、地域を大切にしていくことに喜びも覚えました。


私の地元は、葬儀の時は明るく楽しく盛上がるのが習わしのようで、久しぶりに集まった親戚と、そりゃまあ大いに笑い、盛上がっていました。火葬の時までは。

告別式が終わり、火葬の順番がきて、皆で棺桶の遺体に花を添えていきます。
そこで初めて、みな静かに涙を流していました。父は、じっと叔父の顔を見つめていました。
皆で遺体の横たわる棺桶を火葬場に運びました。

静かに、棺桶が火葬炉に入っていきます。
扉は、ゆっくりと閉まっていきますが、扉の閉じる最後の一瞬は、なぜかドキっするように早く感じました。
控え室で待つ時になって、ようやっと人の一生涯の儚さを突きつけられたようでした。

私たちの一生涯は、本当に儚い。
日々にあった、喜びも悲しみも、悩みも安堵も、苦労もその報われた満足も、存在する理由はなんであっただろう…。部屋にかすかな空しさが漂いました。

本当に大切なこととは…。

それが、ふと永遠を思うとき。それが神に気付くときのよう。
人知を越えた、大きな営みの有無を、思い巡らすときのように感じました。

そこには、静けさがありました。


詩編 90:10-12 
私たちの齢は七十年。健やかであっても八十年。 しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。

だれが御怒りの力を知っているでしょう。だれがあなたの激しい怒りを知っているでしょう。その恐れにふさわしく。

それゆえ、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。そうして私たちに知恵の心を得させてください

2013年12月16日月曜日

家族の和のあたたかさ

みなさん、お久しぶりです(^^)
だいぶんご無沙汰しておりました。

この1ヶ月ばかり、日々を堪能しておりました。

ジョギングを本格的に再開したり、友人の英会話教室の発表会のお手伝いをしたり、会社の同期たちと年末ジャンボを共同購入して、アホな想像を楽しんだり…♫

英語をマスターするために、学習も始めました(^^)b
英語は以前からその必要性を感じていましたが、外国人の友人もできたのと、聖書を学ぼうという方々が、片言でもみんな英会話ができてるぅっ(*▽*)!!という事に刺激をうけました。
また、聖書を学ぶ資料も、日本では残念ながら文献が本当に希少!海外文献が読める必要がありますね。
そんな訳で、英語の得意な友人に励まされながら、来年からはTOEICをうけて、上達を目指していきま〜す(^▽^)/


さてさて、そんな感じで楽しく日々を過ごしておりました。
ずっと実家に滞在していた甥っ子Babyたちは、段々首も座ってきたので自宅に帰ってましたが、とはいっても週に少なくとも3日はきてるので、とてもにぎやかです。
家族でワイワイやるのは、本当に楽しいものですね(^^)

でも、ちょっと困った事が…。ヤツら、病気のときにもしっかりコチラに来て療養するので、風邪とかやたら、もらってしまいます(>0<)
昨日は、胃腸風邪ダ〜!これは辛いですね〜〜。
シンちゃん(0歳)から、ウチの母へ。そして、先日わたくしへ。

ホント、きついわ〜。
胃腸が弱って、寝返りするのも、ソロソロとしないと悶絶しちゃうんですよ。
それに病気の時って、いろいろと嫌な事を考えちゃったりしませんか?


今回は、そんな時に、ありがたいものを色々発見しました。


1)ORS(経口輸液オーアールエス)

体液に近い成分に調整されたボカリスェットの薄い奴みたいな飲料。
お水だと、胃腸に重くて、チビチビとしか飲めないのですが、ORSだとスーっと飲めます。そして、すぐに汗が出だして、楽になります。
私は主に白湯を飲むのですが、ベット脇に置いておくとすぐに冷えたお水になってしまうので、冷たくても飲めるORSは、ありがたかったです(^^)b


2)おかゆ

さすがは、世界に誇る療養食!!!
段々、回復してきて、食事を取る気になったときに、本当に薄くてお塩も少しの温かいお粥を頂きました。よく噛んで、胃腸に負担にならないように頂きましたが…、お粥は効く!!!
食後に一寝入りして、起きた時の身体の楽なこと〜 ♫
また、お粥の他にも、甘酒も食べる点滴と言われるほどに、理想的な栄養飲料とのこと。
う〜ん、日本料理って素晴らしい…と、改めて感動〜♫でした(^^)


2)黒猫のジジ

私にやたら懐いている、黒猫のジジちゃんは、意外に癒される〜。ず〜っと、一緒のお布団でねてました。ありがとよ♫
罪のない被造物である動物たちは、変に悪い事を考えがちになる時に、とても助けられる存在ですね。動物は、アダムがエバを得る前に「助け手」として神様がアダムのそばに連れてきたものですね。でもそこには「助け手」として充分な者が見つけられず、神様はアダムの肋骨からエバを作りました。
男と女が二人で一体となる素晴らしい奥義に感動する場面です。

でも、動物たちにも目を止めたいものです。彼らも「助け手」として、私たちのそばにいるのですね。私は、家族として沢山の動物たちと一緒に過ごしてきました。
ニワトリ、猫、うさぎ、犬、金魚、インコ、ジュウシマツ、九官鳥、ランチュー、ハト、雀、サギの子 などなど。みんな、家族として、かけがえのない子たち。
色んな事で助けられたり、学ばされたりしましたよ(^^)


3)床

あはは!これ、ただの床です〜。でも、冷たくて気持ちいいの。
おトイレからでて、ぐったりしているときに、床で寝るとヒヤ〜っとして、楽になるんですよね。でも、見られるとビックリされること必至なので、こっそりヒエヒエ♡してから、すぐにベットに戻りました(笑)


4)家族の笑い声

やっぱりダントツはこれでしょう(^^)!
日曜日の夕食は、妹たちの家族も全部そろっての恒例お食事会です。昨晩は、お好み焼きのご様子。良い香りがしてました〜。
今回は、みんなに風邪をうつさないように、またほぼ「貞子」(←鏡見てビビった)みたいな容貌になってるのを見て、気を使わせないよう、2階の自室で大人しくしていましが、家族の笑い声は本当にありがたいものです。
一緒に居なくても、自分のその家族の一員だと分かっているからですね。ウ〜ンウ〜ンとベットでうなっていても、私もその和の中にいるのでした。
これが「家族」というものなのかな。と思いました(^^)


こんな、平凡ですが、今ここにある恵みを覚えていると、ふわふわと浮かんでくる嫌な事も、気にならなくなってくるのです。

胃腸風邪はしんどかったけど、どんなときにも、神様が見ていてくださることの平安と安息を新たにした療養記でした〜(^^)/

2013年9月4日水曜日

豪雨で足止め中!

今日の豪雨で、全線運転停止!

今、職場の最寄り駅で、すでに3時間、足止め中です(^_^;)

どんどん人が増えていく…。


最近の天気は、本当に異常ですね。
ゲリラ豪雨に、竜巻!
どうなっちゃてるんでしょう。

こんな時は、無茶をせず、本でも読んで待ちたいと思います(-_^)

運行再開まで、あと1時間。



2013年8月12日月曜日

私たち家族の避難先

毎日、ほんと〜に暑い日が続いてますね。
この数日、三重県の山間部にある小さな村、私の母方の田舎に行っていました。

小さい頃から、いとこや親戚と楽しく過ごす地です。

祖父母も亡くなり、今は一年に一度か二度、集うだけになりましたが、昔から景観はほとんど変わっておらず、思い出に浸ることができます。


山、川、森林…。理想的田舎の光景なのです

いとこたちは神奈川に住んでいます。
日常の中で、放射能の影響への感性が薄れつつあるとこのこと。
でも、だんだんと汚染水の流出や、各地で放射線が検出されているというニュースが聞かれるようになりました。
間違いなく、事態が収束しているのではなく、真実が明らかになり始めたということでしょう。これからは、日常の中で意識が薄れるのではなく、逆に否応にも意識させられるようになってくると思います。

いずれ、福島の住民の方や近隣県の方たちだけでなく、愛知県に住む私たちも、自分たちは、どう対応するのか?を真剣に考えなくてはならなくなるでしょう。

そんな将来の放射能の影響を考えたとき、まず先にこの田舎に集うことができると気づいて少し安心しました。でも、もしかしたら、きわめて近い将来かもしれませんが。

福島の収束は、もはや不可能なのであれば、少しでも安全な土地を残したいと願っています。って、なんだか「風の谷のナウシカ」みたいな台詞ですが(苦笑)

もう、国や東電などに頼って、「なんとかしろ〜!」「なにやってんだ!」「無責任だな!」と言っているだけの時期は、遥か昔に過ぎているようですね。

自分自身の責任で、できることから対応してきたいと思います。

まずは、「自分自身の意見」をはっきりと持つこと。
そのためには、少しでも多く情報を集め、それを見分けること。
そして、今、得ている情報の中で、今、できる限りの判断を下していくこと。

刷り込みや無知の中で生きてきたので、事実が出てくるたびに、柔軟に軌道修正する姿勢も大切ですね。

今、自分の周りにいる人々を大切にしたいと思います。
まず、家族、親戚、近隣の方々、友人、同僚、etc

教会の兄弟姉妹ももちろんですが、ただ私の通う教会は遠方なので、有事の時は、身近で共に暮らしている人々と助け合うことになると思います。
そのときに、助け合えるような人間関係を今からでも築いていきたいと思います。





2013年8月8日木曜日

朝の気持ちよさ

今朝もジョギングに行ってきました♫
最近は、朝の空気がとても清々しくて気持ちがいいです。

八ヶ岳や軽井沢にいったときの、高原のような清々しさがありますね。
今日は5:30頃に走りましたが、太陽の熱線が結構するどいので、5:00くらいに行くのがベストかもしれません。
明日は、それくらいに行こう〜っと♫

ジョギングから帰ってきたら、シャワーを浴びます。
タップリ汗を洗い流して、クールダウン。すっきりします。

その後は、アイスコーヒーを入れて聖書を開き、みことばの交わりを持ちますが、なんかジョギングの後に、みことばを頂くと、スーっと内に染み渡るんですよ。
今は詩編を読んでいます。

詩編34編 
1 私はあらゆる時に主をほめたたえる。
   私の口には、いつも、主への賛美がある。
2 私のたましいは主を誇る。
   貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。
3 私とともに主をほめよ。
   共に、御名をあがめよう。 


アビメレクの前で気が違ったように振る舞い、追われて去ったときの歌ですよね。
 恐ろしく、なさけなく、これからどうなって行くのかと不安と恐怖の中にいたのではないかと思うのです。王にするという、神の約束を疑いたくなる場面ではないでしょうか。

でも、彼は主を賛美します!
自分自身を見ずに、主を誇り、主に信頼することを告白しています。

もう、なんだか心のうちが熱くなって、喜びが沸き上がってくるんです。
コチラにまで、賛美が伝染して、私まで賛美があふれてきます。

あははは!良いですね〜。
朝型の生活になってから、朝は、本当に素晴らしい礼拝の時間になるのだということが、分かりましたよ。

以前は、頑張って起きても寝ぼけまなこでぼーっとしながら読んでました。
今は、軽く運動するので、しっかり頭も身体も全身の目覚めいます。
そして、聖書に向き合ったときには、なんとも言えぬ、静けさがあるんです。

いまはもう、病み付きになってます♫

そんな心地良いひとときに、おじゃまむしが…。



黒猫のジジちゃん


こらこら〜!ちょっと席を立つと、すぐに座っちゃうんだから。

夏は、汗をかくので、チェアにバスタオルをしいてますが、それが気持ちいいのか、特等席みたいに寝てるんです。

おねいちゃんが、イエス様とお話してるんですよ〜。

ソファで、休みなさーい。


ではでは、みなさん良い一日を♫