2013年10月9日水曜日

3年間で出した結論

皆さん、ご無沙汰しておりました。お元気ですか。

日本は秋まっさかりで、朝のジョギングは本当に気持ちのいい季節となりました。
早朝の空気は澄んでいて気持ちがよく、まだ人や車も少なくて、朝の静けさに浸る事ができます。

日の出が見られたときは、とても素晴らしいです。イエスの購いと復活の朝をいつも思います。
そして、神の救いの契約が今日も継続している事、今は恵みの時である事を思い起こさせてくれるのです。

でも、今朝はとても厚い雲が覆いかぶさっていました。
そんな日は、あれだけ強烈な輝きを放って昇ってくる太陽が、まったく見えません。
雲を照らし、空を明るくして、そこに太陽があることは分かるのですが、太陽自体はまったく見えません。雲の厚みで、まったく隠されてしまうのです。




朝焼けを覆い隠す雲


この一ヶ月ほど、更新がなかったのは、いろいろと整理したい事があったからでした。
そして、ようやっと今の時点での答えに至ったので、分かち合いたいと思います。

10月から、今まで8年間通った教会から、一時離れる事にしました。
それは決して教会の牧師や兄弟姉妹が嫌になったとか、嫌いになったとかいうワケではありません。むしろ逆です。私は、教会の牧師も兄弟姉妹も大好きで、会えなくなる事がたまらなく嫌なのです。


教会に通い始めたころは、牧師やリーダーとしてお世話してくれる兄弟姉妹たちから沢山のことを教えてもらいました。とくに、その信仰の姿勢、生き方を模範として養われてきたように思います。

でも、私たちは地上での生涯をおくる間、一生涯をかけて神を、イエスを、御言葉と福音の奥義を知るために、追求し続ける必要のある存在であると思います。

神を知る事は、一日二日で分かるようなものではないですね。
また、今は私たち一人一人が御霊を頂いていて、以前のように預言者が私たちに神の言葉を取り次ぐのではなく、私たち一人一人が主イエスとの関係を育み、聖書の御言葉によって養われ、神を知り、主イエスの弟子、またイエスにある大人として成長していく責任があります。


3年ほど前、その事に気付いてから、御霊に押し出されるように聖書自体を学ぶ事を始めました。でも、その頃から”教会”との関係がぎくしゃくし始めてしまったのです。
教えられていた事が、全てが全て、正しかった訳ではなかった事に、気付き始めたからです。ビービー泣いては、頼ってばかりいた私は、訳が分からず、今度は抵抗し始めました。

おそらく、全てが健全な環境というのがあるならば、「人の教え」と「神の教え」の判別を学び始めた訳ですから、それはむしろ良い事、喜ばしい事であったはずだと思います。

でも、御霊の事は御霊の言葉、聖書の御言葉で解き明かす必要があります。
聖書の言葉の重要性を今ほど理解していなかった私は、さらに聖書から答えを見つけようというのではなく、この違和感を肉の言葉で説明し、解き明かそうとしていました。

それは、牧師や兄弟姉妹には反抗以外の、何ものにも見えなかっただろうと思います。
当惑させ、傷つけてしまったことがありました。とても申し訳なかったと思っています。


でも今、私は聖書を、イエスをまっすぐに知りたいのです。
一つの”○○教会”、一人の牧師だけから養われるのでは、どうしても教義が偏ってしまいます。それは、図らずして主の御顔の上に別の顔をつけることになると懸念しました。

死の淵と言えるようなところから救われて、受けていれ下さっていた”○○教会”。
私にとっては、あまりに影響力が大きくて、どうすることもできません。
思いを打ち明けても、「反抗」や「心の深いところに問題がある」となってしまいます。この話のかみ合わない状態に、情けない事に、私自身が賢明な応対がどうにもできないのです。

せめて、みんなともっと自由に対話ができればいいのですが、教会の教義の内での議論しかできないのが残念なところです。


私の判断を早急にジャッジしないで頂けたら、ありがたいです。
教会にある物差しではかると、きっと私は「信仰の脱落者、反抗、解決されていない問題が心の奥底にある、権威に服従できない、納得をもとめる、自分の我を通すことを治められない…」などなど、診断されてしまうのではないでしょうか。

でも、神の事、聖書の言葉、イエスについて、私たちは自分が知っていると思うことでさえ、知ってはいないかもしれない…という可能性を考えてみて頂きたいのです。

しばらく離れて、聖書自体、主ご自身を知る事を切に追い求めたいと思います。
最近は、日曜日に顔を出さない事が多かったですが、こういった理由からです。
誰かのせいとかではないので、誰も気にしないでくださいね。
悪いのは、聖書の言葉を覆い隠して邪魔をしている、あの古い蛇であると思っています。


とはいえ、牧師も兄弟姉妹もみんな神の家族である事に変わりはありません。
電話もメールもそのままです!いつでも連絡ください。近況報告し合えたら幸いです。

また、このブログはつづけますので、ここで生存を確認できますから、度々のぞいてもらえると嬉しいです。

また、お会いできるときを楽しみにしています。

ではでは\(^0^)/!


主イエスが私たちと共におられる事に信頼しつつ…!!!



4 件のコメント:

  1. さくらパンダ2013年10月11日 6:39

    おはようございます。
    ポピーさんの決断を主が祝福してくださりますように。

    私は、受洗授かった教会を1カ月でダウンしました。

    ところで、この前の土曜日名古屋に行ったんですよ。
    芳光のわらび餅、いただきました。中にあずきがくるんであって、とろけるわらび餅
    ですね。
    イートインスペースの席も幸いあいていて、座っていただくことができました。

    その後、よもぎ台のフレイバーカフェに行って、アップルパイをいただきました。
    10月は特別に土曜日もケーキバーキングしてたらしいけど、日帰りだったので
    ここで食べ過ぎるといけないと思って、ぐっと我慢したのです。
    百貨店では買えないチーズケーキはまたの機会に。
    ちなみに、東京でも買えるチョコチップクッキーは絶品だと思います。

    栄に戻り、松坂屋で東京では買えないお菓子をゲット。
    セントレアに行き、松坂屋や栄の地下で行列を作っていた「鈴並」でお魚をいただきました。
    東京では六本木にもお店があるみたいですね。

    初めての名古屋でしたが、分かりやすかったです。
    また行きたいなと思いました。
    次の機会、お茶でもしましょうね。

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    1. さくらパンダさん、コメントありがとうございます!祝福の励まし、心から感謝します(感涙)受洗教会でダウンは辛かったですね。今はどこかに集っておられるんですか。
      名古屋に来られたという事!その日は私も名古屋にいたんですよ〜♫
      それにしても、スィーツ道楽で楽しそうな旅だったのですね!特に私は和菓子系が大好きなので、芳光には、ぜひ行ってみますね。
      次回、来られるときはご一報ください♫ぜひ、お茶しましょう(^v^)b!
      そうそう、モリエルの東京セミナーはいかがでしたか。何か得るものが少しでもあれば幸いです。もしよかったら、このブログのプロフィールについている「メール」から、お暇なときにでもご連絡ください(^^)

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  2. パウロも書いているように、人を恐れてはいけないと知りつつ、日本では周りの人々の思惑をどうしても気にしがちです。信仰の歩みを進めていく上で、その時々に必要な人々が用意されるのだと思います。今のあなたは更に歩みを進めるために今回の選択をされたわけですね。日本という国ではとても勇気ある選択だったと思います。主にある私たちは何も恐れる必要はありません。堂々と、主との歩みを続けていらっしゃいますように!心から応援しています。

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    1. ひとみさん、コメントありがとうございます!励ましを本当に心から感謝します(感涙々〜!)
      本当に長い間、悩み葛藤し足掻いた日々でしたが、川の水が流れるがごとく、結論へと流れ込みました。今は、その流れに委ねて、主に信頼して行きたいと思います。
      教会の兄弟姉妹とは、新たな関係が始まるのだと(勝手に)思っています。正に、” ○○教会の信徒 ” から、神の引き出した民、エクレシア、神の家族としての ” 交わり ” へと変わって行くことを期待しています。
      本当に励まし感謝します!これからも、どうぞよろしくお願いします(^▽^)/

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